高台寺

高台寺は京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院で、夫である豊臣秀吉の菩提を弔うために1606年にねね(北政所)が建立しました。正式名称は高台寿聖禅寺といい、北政所の出家後の院号である「高台院」に由来します。境内にある北政所の墓所、霊屋(みたまや)【重要文化財】は、高台寺蒔絵と呼ばれる桃山時代の蒔絵がふんだんに使われていることで有名です。北政所が所有していた蒔絵の調度品が多数残されていることから、「蒔絵の寺」という別名もあります。また、天井に絵師・狩野山楽(かのうさんらく)が描いたと言われている「龍図」がある開山堂【重要文化財】、茶室・傘亭(かさてい)【重要文化財】は、正式には安閑窟(あんかんくつ)といいますが、屋根裏の竹垂木が傘の骨に似ていることから傘亭といわれています。茶室・時雨亭(しぐれてい)【重要文化財】は珍しい2階建ての茶室で、傘亭と繋がっています。豊臣秀吉が時雨のように不意に訪れたことから名付けられたとも言われています。庭園は名勝・史跡です。桜の名所・萩の名所として知られています。東山を借景にし、臥龍池(がりょういけ)・偃月池(えんげつち)がある池泉回遊式庭園で、石組みの見事さから桃山時代を代表する庭園とも言われています。小堀遠州が作庭したと言われています。順路の出口近くにある甘味処(茶席)の雲居庵(うんごあん)では、お菓子・抹茶などを楽しみながら庭園を眺めることができます。【高台寺URL:https://www.kodaiji.com/

圓徳院
ねねが晩年の19年間を過ごした地です。ねねが秀吉との思い出の多い伏見城の化粧御殿と前庭をここに移築しました。「北庭(ほくてい)」は、移築後に小堀遠州が整え、北書院から眺めることができます。かつては池泉回遊式でしたが、現在は池がなくなり、巨石を多く配置した珍しい造りの枯山水庭園となっています。庭園を囲むように植えられたモミジは、晩春から晩秋にかけて美しい青葉や紅葉を楽しむことができます。白砂の線引きが印象的な「南庭(なんてい)」でも年間を通して花や紅葉を愛でることができるように工夫されています。また、方丈の中には、長谷川等伯や現代日本画家が描いた襖絵が納められています。等伯の襖絵は元々、大徳寺三玄院にあったもので、等伯が住職の許可がないまま、その留守中に上がり込んで描き上げたという逸話が残っています。ねねはここから秀吉の菩提寺として建立した高台寺に通いました。ねねが通っていた高台寺と圓徳院を繋ぐ道は“ねねの道”と呼ばれています。ねねが亡くなった後に高台寺の塔頭寺院「圓徳院」となります。【圓徳院URL:https://www.kodaiji.com/entoku-in/

 

ねねの道
ねねの道は高台寺の西側、東山の円山公園から清水寺方面へと抜ける全長約250メートルの美しい石畳の道です。かつては高台寺道とよばれていましたが、豊臣秀吉の正室ねね(北政所)がこの地で余生を送っていたことから「ねねの道」と名付けられました。途中に見所も多く、京都らしい雰囲気が味わえる石塀小路に、南に歩けば八坂の塔(五重塔)や維新の道、二年坂、産寧坂などもあります。